3月の朝、電線の上から「チュピチュピ」と早口の声が降ってきて、去年もこの家の軒先にいたあの鳥が帰ってきたことに気づく。ツバメは、日本でいちばん「渡り」を身近に感じさせてくれる鳥です。
結論から書きます。ツバメが渡り鳥なのは、主食が飛んでいる昆虫だからです。冬の日本では空を飛ぶ虫がいなくなるため、冬でも虫が飛んでいるフィリピンやタイなどの暖かい国へ移動します。そして日本で標識(足環)を付けられたツバメは、2000km以上離れた東南アジアで再発見されています。片道2000km超という数字が、あの全長17cm・体重19g足らずの体で実際に飛ばれている距離です。
この記事では、ツバメが渡る理由から、2月の九州にはじまり4月の北海道まで続く春の北上スケジュール、越冬地で何をしているのか、日本に残る「越冬ツバメ」の例外、そして渡ってきたツバメが軒先に巣を作ったときの正しい向き合い方までをまとめます。観察の予定を立てられるところまで、具体的な月と数字で書いていきます。
この記事でわかること
・ツバメが渡り鳥である理由と、「夏鳥」というタイプの意味
・2月の九州から4月の北海道まで、飛来が北上していく順番と時期
・足環調査が突き止めた越冬地(フィリピン・ベトナム・マレーシアなど)での暮らし
・渡らずに日本で冬を越す「越冬ツバメ」が見られる場所と、その厳しさ
・軒先に巣ができたときにやっていいこと・法律で禁じられていること
ツバメが渡り鳥である理由は、空を飛ぶ虫の都合だった

渡りというと「寒いから南へ逃げる」と説明されがちですが、ツバメの場合はもう一段はっきりした理由があります。体温の問題ではなく、食べ物の問題です。
冬の日本から消えるのは、寒さより先に「飛ぶ虫」だから
ツバメが渡る理由は、冬になると食べ物がなくなるためです。ツバメの主食はハエ類・蚊・ユスリカ・羽アリ・小型のガ・アブ類といった、数mm〜1cm程度の飛んでいる昆虫。地面をつつくスズメや、木の実を食べるヒヨドリとは、そもそも獲物の取り方が違います。
この差が渡りの有無を決めます。地面や枝に残る種子・木の実は冬でも手に入りますが、空中を飛ぶ虫は気温が下がると姿を消します。つまりツバメにとっての冬の日本は、寒い場所である以前に「食堂が閉まっている場所」なのです。だから冬でも虫が飛んでいるフィリピンやタイなどの暖かい国へ移動します。
採食スタイルを知ると、この必然性がさらに腑に落ちます。ツバメは飛行経路上の昆虫をそのまま口へ入れる方式で採食し、移動と食事を同時に行います。止まって探すのではなく、飛びながら食べ続ける鳥。だから飛ぶ虫の密度が落ちた空は、彼らにとって成立しません。
注意しておきたいのは、「暖かければ残れる」わけではない点です。後半で触れる越冬ツバメの事例が示すように、日本で冬を越したツバメが命を落とす原因は寒さとエサ不足の両方でした。温度だけでは説明がつかないのが、この鳥の渡りです。
夏鳥・冬鳥・旅鳥、ツバメはどのタイプ?
ツバメは「夏鳥」タイプの渡り鳥です。繁殖期を含む春から秋にかけてだけ北半球の温帯で過ごし、冬は南方で過ごします。日本にいる期間が繁殖と子育ての期間とぴったり重なるのが夏鳥の特徴です。
整理すると、渡り鳥は日本での滞在時期で呼び分けられます。春に来て夏に子育てし秋に去るのが夏鳥(ツバメなど)、秋に来て冬を越し春に去るのが冬鳥(ジョウビタキなど)、春と秋の移動の途中に短期間だけ立ち寄るのが旅鳥です。同じ「渡り鳥」でも、あなたの家の前に現れる季節はまったく逆になります。
この分類が観察の役に立つ場面があります。「去年の秋にオレンジ色の鳥が来たけれど、あれはツバメの仲間?」という質問は珍しくありませんが、ツバメが日本を離れる時期に来る鳥は基本的に別のグループです。季節でまず候補を半分に絞れる、というのが渡りの知識のいちばん実用的な使い道かもしれません。
豆知識として、日本の南西諸島に定住するリュウキュウツバメのように、ツバメ科でも渡らずに一年中同じ場所にいる(留鳥の)種がいます。「ツバメ科=全部が渡り鳥」ではないところが、この仲間の面白さです。
もう一つの理由は「子育ての席が空いているから」
渡りには、エサとは別のもう一つの説明があります。冬は虫を食べる鳥が他にもたくさんいるので子育てする分まで足りず、子育てする季節、すなわち夏には日本に飛んできて子育てをする、という見方です。
根拠はシンプルで、子育てには成鳥自身が食べる以上の量が必要になるからです。ツバメの成鳥は状況によって一日に数百匹から1,000匹近い昆虫を食べることもあるとされます。さらに繁殖期の親鳥は一日に何十回、時には百回近く巣を往復して雛に給餌します。これだけの量を安定して取れるのは、虫が爆発的に増える日本の初夏です。
具体例として、田んぼの上を低く飛ぶツバメを思い浮かべてください。水田・水辺・草地は虫の供給源です。日本野鳥の会も、ツバメを守るうえで田んぼや水辺環境を大事にすること、ツバメのエサになる虫の生息環境の維持が重要だと指摘しています。ツバメの渡りは、日本の初夏の虫の多さとセットで成立しています。
ここでの注意点は、この2つの理由(エサ/子育ての余地)はどちらか一方が正しいという話ではないことです。冬に食べ物がなくなることと、夏の日本が子育てに向いていることは同じコインの裏表として説明されています。
| 分類 | スズメ目ツバメ科(学名 Hirundo rustica) |
| 全長 | 約172mm(146-185mm)/翼開長 約32cm/体重 18.6g(15.6-24.0g) |
| 見られる季節 | 2月(九州)〜11月(南下)。子育ては3〜8月 |
| 生息環境 | 人家の軒先・商店街・駅舎など建物まわりと、田んぼ・水辺 |
| 鳴き声 | オスのさえずりは長く複雑だが、最後に音がにごるのが特徴 |
| よく見られる場所 | 軒下の巣、電線、水田の上の低空 |
渡らない鳥との差は、体の大きさではなく食べ物の種類
スズメとツバメは、手のひらに乗る大きさという点でほとんど変わりません。それなのにスズメは日本で冬を越し、ツバメは2000km以上を移動します。決めているのは体のサイズではなく、食べ物のメニューです。
理由はここまでで書いたとおりで、種子や木の実は冬に残るが飛ぶ虫は残らない、という一点に尽きます。冬に庭でスズメやヒヨドリが目立つのは、彼らの食べ物が冬にも存在するからです。逆にツバメの食べ物だけが季節でゼロに近づきます。
この視点を持つと、身近な鳥の顔ぶれが季節で入れ替わる理由が読めるようになります。「夏はツバメ、冬はジョウビタキ」という庭の変化は、鳥の気まぐれではなく、その場所で取れる食べ物のカレンダーが入れ替わった結果です。
意外と知られていないけれど、ツバメが人家に営巣するのも同じ論理でつながっています。人の出入りがある建物は天敵が近づきにくく、周囲には虫を供給する環境がある。渡ってきた先で選ばれる場所には、ちゃんと理由があります。
2月の九州から4月の北海道へ|春の北上を月別に追いかける
「今年の初ツバメはいつ?」を予定に落とし込めるのが、この鳥の楽しいところです。飛来は日本列島を南から順になぞっていきます。
飛来は2か月かけて、九州から北海道まで北上する
春の渡来は、2月に九州へ飛来し、3月に関東に到達、北海道までやってくるのは4月になってからという順番で進みます。列島を縦断するのにおよそ2か月かかる計算です。
もう少し細かく見ると、3月から西日本や南西諸島で見られ始め、4月になると東日本へ飛来エリアが広がり、4月下旬には北海道に姿を見せます。九州で「もう来た」と話題になっている時期に、東北や北海道ではまだ1羽も見えていない、というズレが毎年起きます。
具体的な行動に落とすなら、自分の住む地域の飛来時期の2週間前から、通勤・通学路の電線と軒先をチェックし始めるのがおすすめです。ツバメは去年の巣に戻る個体がいるため、去年巣があった場所は最初に見に行く価値があります。
注意したいのは、「初認日」は年によって前後することです。渡来は気温や天候の影響を受けます。カレンダーは目安として使い、日付そのものを競うより「今年はどうだったか」を記録していく方が、翌年以降の観察に効いてきます。
| 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| △ | △ | ○ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ○ | ○ | △ | △ | △ |
◎=よく見られる(もっとも観察しやすい時期) ○=見られる △=まれに見られる(1〜2月・12月は九州の越冬ツバメなど地域限定)
2026年の渡来予測日で「初認」をねらう
渡来には年ごとの予測が出ています。2026年の予測では、福岡が5%予測日3月9日・ピーク日3月26日、東京が5%予測日3月11日・ピーク日3月29日、大阪が5%予測日3月12日・ピーク日3月30日とされています。
「5%予測日」は、その地域に来るツバメのうち先頭グループが到着するころ、「ピーク日」は数がいちばん増えるころと考えると使いやすい指標です。初認をねらうなら5%予測日の前後、確実に姿を見たいならピーク日以降が向いています。
内陸・日本海側は少し遅れます。岐阜は5%予測日3月15日・ピーク日4月1日、新潟は5%予測日3月18日・ピーク日4月5日。福岡と新潟では、先頭グループの到着に9日の差があることになります。同じ「3月に来る鳥」でも、県をまたぐとこれだけずれます。
注意点として、予測日はあくまで予測です。前線の通過や寒の戻りがあれば実際の初認はずれます。日付を握りしめるのではなく、「この週から見え始める」と幅で構えておくと、外したときにがっかりしません。
ピークは5月、8月には南への折り返しが始まる
渡ってくる勢いがもっとも強いのは5月で、この月には最も多くのツバメが空を渡ります。3月から始まった春の渡りが、5月に山を迎える形です。
秋は逆向きの動きになります。8月頃に巣立ちの時期を迎え、秋から11月まで南に向かいます。夏の終わりに「今年はツバメを見なくなったな」と感じるのは気のせいではなく、南下が始まっているためです。
観察スタイル別に、ねらい目を整理しておきます。通勤・通学の途中で見たい人は4〜7月の朝、駅舎や商店街のアーケードなど屋根のある場所を見上げるのが効率的です。週末にじっくり観察したい人は5〜6月の水田周辺へ。低空を飛ぶ姿と、巣への往復を同時に見られます。子どもと一緒に観察したい人は6〜7月、ヒナが顔を出している巣を遠くから眺めるのが、いちばん反応が返ってくる時期です。
豆知識として、秋の南下前にはヨシ原などに大きな集団ねぐらができることがあります。夕方に空をぐるぐる回る群れが見られたら、渡りの準備が進んでいるサインです。
【失敗しやすい例1】渡来日ばかり追いかけて、結局1羽も見つからない
よくあるのが、予測日を手帳に書き込んで毎日空を見上げたのに、3月いっぱい1羽も見つけられなかったというケースです。原因は探す時期ではなく、探す場所と高さにあります。
ツバメは飛行経路上の昆虫をそのまま口へ入れる方式で採食するため、虫がいる高さを飛びます。快晴で気温が上がった日は高い空を、曇りや雨の前は低空を飛ぶことが多く、「空の高いところ」だけを見ていると見落とします。
対策は3つ。①去年巣があった軒先を定点で見る、②水田・河川敷など虫が湧く場所を歩く、③電線に止まっている姿を探す。特に③は有効で、飛翔中は判別しにくくても、止まっていれば二股形の尾と赤茶色ののどで確実に見分けられます。
もう一つの注意点は、声を先に覚えておくことです。オスのさえずりは長く複雑ですが、最後に音がにごるのが特徴です。この「最後がにごる」感じを知っていると、姿を探す前に存在に気づけます。
越冬地はどこ?足環が2000km先から届けた答え

「南の国へ行く」とだけ聞くと漠然としていますが、ツバメの越冬地は具体的な国名まで分かっています。それを明らかにしたのが、足環を使った標識調査でした。
フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイ
日本で繁殖したツバメの越冬地は東南アジア地域で、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイなどが記録されています。日本の軒先で育ったヒナが、次の冬には赤道に近い国の空を飛んでいる計算になります。
なぜそこなのか。理由は第一章と同じで、冬でも飛ぶ虫がいる場所だからです。ツバメの渡りは「暖かい場所探し」ではなく「虫が飛んでいる空を追いかける移動」だと考えると、行き先の必然性が見えてきます。
距離感も具体的です。山階鳥類研究所の標識調査では、日本から2000km以上も離れたフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどから、足環のついたツバメを見つけたという情報が寄せられました。全長約172mm、体重18.6gの鳥が、片道でこの距離を移動しています。
注意したいのは、すべての個体が同じ国へ行くわけではないことです。記録されている越冬地は複数の国にまたがっています。「日本のツバメはフィリピンへ行く」と単純化せず、東南アジアの広い範囲に散らばると理解しておくのが正確です。
足環(標識調査)という、地味だが強力な追跡方法
渡り先が分かったのは、鳥に個体識別番号入りの小さな金属製の足環を付けて放し、別の場所で再発見された記録を積み上げてきたからです。山階鳥類研究所の鳥類標識調査が、日本ではこの調査の中心を担っています。
仕組みは単純です。標識した鳥が海外で見つかり、その情報が寄せられて初めて1本の線が引ける。1羽の情報が届く確率は低いため、長い年月と多くの記録が必要になります。日本で標識したツバメから得られた重要なデータとして、東南アジア各国からの再発見情報が集まりました。
具体例として、あなたが野外で足環の付いた鳥を見つけたり、残念ながら死んでしまった個体を拾ったりした場合、その番号は貴重な記録になります。回収情報の届け先は標識調査の実施機関です。写真で番号が読み取れるだけでも情報になります。
注意点として、足環の付いた鳥を捕まえて確認しようとするのは避けてください。野生の鳥の捕獲は鳥獣保護管理法で原則禁止されています。見つけたら、触らずに記録を残すのが正しい関わり方です。
日本のツバメの越冬地は、フィリピン・ベトナム・マレーシア・インドネシア・タイなどの東南アジア地域。日本から2000km以上離れた場所で、足環の付いた個体が実際に見つかっています。越冬地では市街地の電線や街路樹で集団ねぐらをつくります。
越冬地でのツバメは、電線と街路樹で集団になる
越冬地でのツバメは、市街地の電線や街路樹で集団ねぐらをつくっています。日本では軒先に単独の巣を構えるイメージが強いだけに、この姿はギャップがあります。
理由は、越冬期には繁殖の必要がないからです。日本での営巣は巣とヒナを守るための単独行動ですが、冬は自分が安全に眠れればいい。集まって眠ることで天敵への警戒を分担できます。渡り先と繁殖地で、暮らし方そのものが切り替わります。
具体的なイメージとしては、日本の秋にヨシ原へ集まる集団ねぐらの延長線上にあります。夕方、空を旋回してから一斉に降りていく行動は、越冬地の街路樹でも同じように見られます。
ここで押さえておきたいのは、「日本の軒先のツバメ」だけがツバメの姿ではないということです。一年のうち日本にいるのは半分ほどで、残りの期間は別の国の街で群れている。渡り鳥を理解するというのは、この見えていない半年を想像することでもあります。
意外と知られていない、守るべきなのは日本の軒先だけではない
ツバメの保護というと、日本の軒先の巣を守る話になりがちです。けれど渡り鳥の場合、それだけでは足りません。
山階鳥類研究所は、多くの鳥は卵を産み雛を育てる場所(繁殖地)と冬を過ごす場所(越冬地)を変えて季節的な移動をすること、ツバメのように国境を越えて渡りをする鳥を守るためには、繁殖地の環境だけでなく、渡っていく国々の環境もいっしょに保護していかなくてはならないと説明しています。
具体的に考えてみると、日本の軒先で無事に巣立った若鳥が、越冬地でねぐらにしていた街路樹が失われていたらどうなるか。日本側でどれだけ丁寧に見守っても、旅の先で環境が崩れれば個体数は減ります。渡り鳥の保全は、一国だけでは完結しない構造になっています。
この視点は、身近な行動にもつながります。日本野鳥の会は、ツバメを守るうえで田んぼや水辺環境を大事にすること、ツバメのエサになる虫の生息環境の維持が重要だとしています。自分の地域の水辺を残すことは、東南アジアまで続く一本の線の、こちら側の端を支えることです。
渡らないツバメもいる|「越冬ツバメ」という例外
ここまで渡りの話をしてきましたが、日本に残るツバメもいます。近年は暖冬傾向などの影響もあり、日本で冬を越す「越冬ツバメ」も見られるようになっています。
宮崎と鹿児島では、越冬ツバメが普通に見られる
冬でも温暖な九州地方の、特に宮崎県と鹿児島県では越冬ツバメが普通に見られます。「まれな珍事」ではなく、地域によっては冬の風景の一部です。
理由はやはり食べ物で、冬でも気温が下がりきらない土地なら、飛ぶ虫がゼロにはなりません。渡りは体力を大きく消耗する行動なので、その場で越せるならとどまるという選択も成り立ちます。
具体例として、宮崎市では店舗軒下に竹棒が設置され、ツバメの夜間停泊場所として利用されています。鹿児島県姶良市では、たくさんのカーレールが設置されている越冬環境が存在します。人の作った構造物が、そのまま冬のねぐらになっているわけです。
注意点として、これは九州南部という条件があって成り立っている現象です。「うちの地域でも軒先に止まり木を作れば残ってくれる」という話ではありません。むしろ次に書くとおり、南下できずに残ることは危険を伴います。
本州で越冬したツバメに、何が起きたか
本州での越冬事例も報告されています。2015年12月、石川県河北潟近くで越冬していたツバメが報告されています。この事例では、玄関天井の暖気を利用した古い巣がねぐらとなっていました。
しかし結末は厳しいものでした。石川県の事例では、寒冷条件とエサ不足により、ツバメは「1羽また1羽と命を落とし、12月末にはこの場所からいなくなってしまった」と記録されています。暖気の当たる巣という好条件があっても、飛ぶ虫がいなければ生き延びられません。
この事例が示すのは、越冬ツバメが「渡りをサボった賢い個体」ではないということです。気温が下がっても南に移動できずに死んでしまうこともあります。渡れなかった結果として残っている個体も含まれます。
もし冬に自宅の周りでツバメを見かけたら、餌を与えて助けたくなるかもしれません。ただしツバメの主食は飛んでいる昆虫であり、人が置いた餌で代替できるものではありません。飛ぶ虫を食べる鳥に、人の用意した餌は届かないのです。見守るにとどめ、地域の自治体や野鳥の会の窓口に相談するのが現実的な選択です。
暖冬で越冬ツバメは増えるのか
近年は暖冬傾向などの影響もあり、日本で冬を越す「越冬ツバメ」も見られるようになっています。冬の観察記録としては、以前より話題にのぼる機会が増えています。
理由として考えられるのは、冬季の気温が下がりきらない年には飛ぶ虫が完全には消えないこと、そして市街地には風を避けられる構造物が多いことです。宮崎の竹棒や姶良市のカーレールのように、人工物がねぐらとして機能する例もあります。
ただし、これを「ツバメが渡りをやめつつある」と読むのは行き過ぎです。石川県の事例のように、残ることが死につながる年もあります。冬を越せるかどうかは、その年の気温と虫の状況次第という不安定な条件の上に成り立っています。
観察者としてできることは、記録を残すことです。いつ、どこで、何羽見たかをメモしておく。越冬ツバメの分布や年変動は、こうした身近な記録の積み重ねから見えてきます。
渡ってきたのはどのツバメ?日本で見られる5種の見分け方
「ツバメが来た」と思った鳥が、実はイワツバメやコシアカツバメだったということがあります。日本のツバメ科は8種で、そのうち普通に見られるツバメは5種類です。
のどが赤いのは、ツバメとリュウキュウツバメだけ
いちばん確実な識別点は、のどの色です。白い腹はツバメ科共通でも、のどが赤いのはツバメとリュウキュウツバメ(南西諸島に多い)だけ。本州から九州でのどが赤ければ、ほぼツバメで確定します。
理由は分布の差にあります。リュウキュウツバメは奄美・琉球諸島に留鳥として定住しており、体全体が黒っぽく、ツバメよりも少しだけ小さいのが特徴です。本州でこの種に出会う機会はほとんどありません。
具体的な見方としては、電線に止まった個体を双眼鏡で見るのが確実です。喉から額にかけてが赤茶色、背中は光沢のある藍黒色、腹は白色、そして二股形の尾。この4点がそろえばツバメです。
注意点として、飛翔中の逆光では赤茶色がほぼ見えません。「黒くて白い鳥」にしか見えないときは無理に断定せず、止まるのを待つか、次に書く腰の色と巣の形で絞り込んでください。
飛んでいる姿では見分けにくいツバメの仲間も、「腰の色」と「巣の形」の2点なら遠目でも判断できます。腰が白ければイワツバメ、腰が赤ければコシアカツバメ、のどが赤ければツバメ。巣はおわん型=ツバメ、ドーム型=イワツバメ、とっくり型=コシアカツバメです。
巣の形が名札になる|おわん・ドーム・とっくり
鳥そのものが見えなくても、巣を見れば種が分かります。ツバメはおわん型(椀型)の巣を建物に作り、イワツバメはドーム型の巣を構築し、コシアカツバメはとっくり型の巣を作ります。
形の違いは暮らし方の違いから来ています。上が開いたおわん型は、親が出入りしやすく給餌の回転が速い形。ドーム型やとっくり型は入口が狭く、外敵や雨に強い形です。どちらが優れているという話ではなく、それぞれの戦略の結果です。
具体例として、駅の高架下やコンクリート橋の下にびっしり並んだドーム型の巣を見たことがあるなら、それはイワツバメの集団営巣である可能性が高いと言えます。腰が白く、ツバメよりも一回り体が小さくて尾も短いのが特徴です。
豆知識をひとつ。ヒメアマツバメは、イワツバメやコシアカツバメの巣を利用する事例が報告されています。とっくり型の巣から、コシアカツバメではない鳥が出入りしていたら、この横取り現象を目撃しているのかもしれません。
ツバメの仲間ごとの見分け方をさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。

春先に空を横切る黒い鳥を見て、「これって全部ツバメなの?」と首をかしげたことはありませんか。軒下に巣をかけるおなじみのツバメだけでなく、駅のホームの天井に集まる…
| 比較項目 | ツバメ | イワツバメ | コシアカツバメ | ショウドウツバメ |
|---|---|---|---|---|
| 決め手になる色 | 喉から額が赤茶色 | 腰が白い | 腰が赤い | 胸にT字形の帯 |
| 大きさの印象 | 基準(約172mm) | 一回り小さく尾も短い | 少しだけ大きい | 尾が浅い凹型 |
| 巣の形 | おわん型(建物) | ドーム型 | とっくり型 | 崖や土手に集団営巣 |
| 主に会える場所 | 北海道〜九州の人家周辺 | 橋やコンクリート構造物 | 建物の軒下など | 主に北海道(夏鳥) |
※野鳥の教科書調べ(各種の特徴を一次情報をもとに整理)。リュウキュウツバメは奄美・琉球諸島に留鳥として定住し、体全体が黒っぽくツバメより少しだけ小さい。
オスとメスは、尾の長さで見分けられる
ツバメの雌雄は外見で見分けられます。オスはメスより尾が細長く、体の赤色がより濃い傾向があります。多くの小鳥が雌雄同色で判別できないことを考えると、これは観察のとっかかりとして恵まれた特徴です。
数字でも差が出ています。尾長はオスが89.6mm(77-110mm)、メスが77.3mm(68-92mm)。平均値どうしを比べると、オスのほうがはっきり長くなります。並んで止まっていれば、尾の長さの差が見て取れます。
音でも判別できます。さえずっていればオスと考えてよく、オスのさえずりは長く複雑だが、最後に音がにごるのが特徴です。姿を近くで見られない場面では、声が最も確実な手がかりになります。
注意点は、オスの尾長89.6mm(77-110mm)とメスの尾長77.3mm(68-92mm)が、範囲としては重なっていることです。1羽だけを見て「尾が長いからオス」と断定するのは危険で、ペアで並んだときの相対比較として使うのが安全です。
今年生まれの若鳥は、くちばしの縁が黄色い
夏の終わりに電線に並ぶツバメをよく見ると、色の淡い個体が混じっています。若いツバメは色が淡く、尾羽が短く、くちばしの縁が黄色いのが特徴です。
理由は成長段階にあります。ヒナ時代のくちばしの黄色い縁(口角)が残っており、羽も生えそろって間もないため色に深みがありません。この特徴は成長とともに消えていきます。
具体的な観察場面としては、7〜8月の電線が狙い目です。親鳥と巣立ち直後の若鳥が並んでいることがあり、色の濃さと尾の長さの差が同時に見比べられます。若鳥をメスと取り違えやすいのはこの時期です。
豆知識として、この若鳥たちがそのまま秋に渡りに出て、東南アジアまで2000km以上を飛びます。生まれて数か月の個体が、教わることなく越冬地へ向かう。渡り鳥の凄みが凝縮されているのが、この夏の終わりの光景です。
渡り終えたツバメが最初にやること|巣づくりから巣立ちまで
渡ってきたツバメには時間の余裕がありません。日本にいる数か月で、巣を作り、卵を産み、ヒナを巣立たせるところまで進める必要があります。
巣は泥と枯れ草に唾液を混ぜて作られる
ツバメの巣は、泥と枯れ草に唾液を混ぜて作られます。乾燥すると硬くなる泥は、軽さと強度のバランスがよい素材で、短時間で形を作り、乾けば丈夫になります。
泥だけでは乾燥時に割れるため、枯れ草・藁・細い根などの植物繊維で補強されます。鉄筋コンクリートに例えられることがありますが、構造としては近い発想です。壁面に貼り付けるおわん型を成立させるには、この2素材の組み合わせが要ります。
作業量も相当なものです。親鳥が何十回、何百回と往復して泥と植物繊維を貼り重ねます。1回に運べる量はくちばしに挟める分だけ。あの巣は、往復の回数がそのまま形になったものです。
注意点として、巣の材料になる泥がある場所が減ると営巣も難しくなります。日本野鳥の会は、ツバメが近年減少傾向にあり、その原因として身近な自然環境の変化や、巣を作る場所の減少などが考えられていると指摘しています。舗装された街では、泥そのものが貴重品です。
4〜5月がピーク、材料集めは午前中に終わる
巣作りは4〜5月にかけて最も盛んで、早い個体では3月末に材料集めを始めることもあります。渡来してすぐに取りかかる個体がいるということです。
時間帯にもはっきりした傾向があります。夜が明けるといち早く作業を開始し、大体10時ごろに材料運びが終了します。午前中に材料を運んで巣作りを行い、午後から泥を乾かすという流れです。
つまり、巣作りを観察したいなら早朝から午前10時ごろまでが勝負です。昼過ぎに見に行って「今日は動きがないな」と感じるのは、その日の作業がすでに終わっているからかもしれません。
巣作りの時期をもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。

3〜7卵を産み、産卵から巣立ちまで約40日
一腹産卵数は3〜7卵(平均3.00〜4.98卵)です。抱卵期間は前期繁殖では9〜17日(平均14.1日)、後期繁殖では9〜16日(平均11.8日)と記録されています。
育雛期間は前期繁殖で33〜46日(平均39.1日)、後期繁殖で29〜38日(平均36.2日)。産卵から巣立ちまでは約1ヶ月程度、およそ40日前後というのが目安になります。この40日という数字は、後で書く法律の話にも直結します。
この間の親鳥の働きは相当です。繁殖期の親鳥は一日に何十回、時には百回近く巣を往復して雛に給餌します。成鳥自身も状況によって一日に数百匹から1,000匹近い昆虫を食べることもあるとされ、家族全体で消費する虫の量は膨大です。
観察上の注意点として、この時期に巣へ近づきすぎると親鳥が給餌をためらいます。給餌の回数が落ちればヒナの成長に響きます。見守るときは、親鳥が普段どおり出入りできる距離を保ってください。
巣立ちまでの流れをより細かく追いたい方は、こちらの記事が参考になります。

翌年も同じ巣に戻る確率は15%
「毎年うちに帰ってくる」という感覚は、部分的には正しいものです。オス・メスのどちらかが翌年も同じ巣に戻ってくる確率は15%と報告されています。
戻ってくる利点ははっきりしています。ツバメは前年に作った巣や壊れかけた巣の跡をベースに補修して、「コスト削減」を図っているケースが多く見受けられます。建設時間を短縮でき、その場所で繁殖が成功した実績があり、繁殖開始を早められる。ゼロから作るより有利です。
一方で、15%という数字は「85%は戻らない」ことも意味します。渡りの途中で命を落とす個体もいれば、別の場所を選ぶ個体もいる。同じ巣に別のペアが入ることもあります。「去年と同じ子が来た」と断定はできません。
だからこそ、古い巣を残しておく価値があります。巣立ち後に巣を落としてしまうと、翌年その場所は補修可能な物件でなくなります。次の章で書くとおり、撤去のタイミングと条件には法律上のルールもあります。
軒先に巣ができたら|やっていいことと、法律で禁じられていること
渡ってきたツバメが自宅の軒先を選んだとき、どう向き合えばいいか。ここは感情ではなく、法律とマナーで判断する部分です。
卵やヒナがいる巣は、許可なく撤去できない
ツバメを含む野生の鳥は、鳥獣保護管理法(鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律)の対象です。この法律は日本に生息する野生の鳥類・獣類を広く保護対象としており、捕獲・殺傷や卵の採取、巣の破壊などを原則として禁止しています。
京都府長岡京市は「府や市町村の許可なく卵やヒナがいる野鳥の巣を撤去することは、鳥獣保護管理法により禁止されています。」と案内しています。さらに「違反した場合、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金いずれかの刑罰が課される可能性があります。」とされています。
では、いつなら撤去できるのか。長岡京市は「鳥が巣立った後であれば撤去可能ですが、卵やヒナが残っていないことを確認する必要があります。」としています。卵もヒナもいない状態であれば撤去しても問題なく、卵やヒナがいる場合は巣立ちを待ってから撤去する必要があります。
目安になるのが、産卵から数えて40日前後でヒナが巣立つという期間です。神奈川県も繁殖期間(4〜7月)において、ツバメの成長を温かく見守ることを呼びかけており、抱卵から巣立ちまではおよそ1ヶ月程度としています。撤去を考えている場合も、まずはこの期間を待つのが法律に沿った対応です。判断に迷うときは、お住まいの自治体の担当窓口に確認してください。
卵やヒナがいる野鳥の巣を、府や市町村の許可なく撤去することは鳥獣保護管理法により禁止されています。違反した場合、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金いずれかの刑罰が課される可能性があります。撤去できるのは卵もヒナもいない状態のときだけで、判断に迷う場合は自治体の鳥獣保護担当窓口に相談してください。(出典:長岡京市)
フン害には、フン受けという現実的な解決策がある
巣を残したいけれどフンが困る、という悩みには手を打てます。日本野鳥の会は、フン受けを設置することを提案しています。段ボール箱に新聞紙を敷く、または巣の下50cm以上離した場所に粘着テープで固定する方法です。
50cm以上離すという条件には意味があります。巣に近すぎると親鳥が警戒し、給餌に支障が出るためです。フンを受けるための対策が、子育てを妨げては本末転倒になります。
設置のタイミングも決まっています。ひなが孵化後に設置するタイミングが重要とされています。抱卵中の敏感な時期に作業をすると、親鳥が巣を放棄するおそれがあります。フンが本格的に増えるのは孵化後なので、時期としても合理的です。
注意点として、新聞紙は定期的に交換してください。フンをためたままにすると衛生面で問題が出ますし、においも出ます。交換は親鳥が出払っている時間帯に、短時間で済ませるのがコツです。
観察と撮影のマナー|フラッシュは使わない
ツバメの巣は人の生活圏にあるため、撮影のハードルが低い分だけマナーが問われます。日本野鳥の会は、フラッシュやストロボを使用した撮影はやめること、立ち入り禁止場所へ侵入しないこと、私有地へ侵入しないことを挙げています。
フラッシュを避ける理由は、至近距離の強い光が鳥に与える影響が読めないためです。巣の中の卵やヒナを守っている親鳥に、突然の閃光は強い刺激になります。日中の巣であれば、フラッシュなしでも十分に記録は残せます。
もう一つ見落とされがちなのが私有地です。ツバメの巣は他人の家の軒先や商店の入口にできます。「鳥を撮っているだけ」という感覚で敷地に踏み込むと、住民とのトラブルになります。撮るなら道路から、望遠で。
日本野鳥の会は、基礎知識や観察方法、観察時の注意点などをまとめたパンフレット『ようこそツバメ』を無料配布しています。観察を始める前に一度目を通しておくと、判断に迷う場面が減ります(日本野鳥の会 ツバメの保護)。
【失敗しやすい例2】巣立ち直後に巣を落として、翌年ツバメが来なくなる
もう一つ多いのが、巣立ちを見届けた翌日に「もう用は済んだから」と巣を落としてしまい、翌年ツバメが戻ってこなかったというケースです。
原因は2つあります。1つは、ツバメが前年の巣を補修して再利用する習性を持つこと。ベースがあれば建設時間を短縮でき、繁殖開始を早められます。落としてしまえば、その利点はなくなります。もう1つは、ツバメが1シーズンに複数回繁殖することがあり、巣立ち直後に見えても次の繁殖に使う可能性があることです。
対策としては、シーズンが完全に終わってから判断することです。8月頃に巣立ちの時期を迎え、秋から11月まで南に向かうという流れを踏まえると、巣に出入りがなくなってから検討するのが安全です。撤去する場合は、卵もヒナも残っていないことを必ず確認してください。
フンや汚れが理由なら、撤去の前にフン受けの設置を検討する価値があります。翌年また来てくれる15%の可能性を残せるのは、巣を残した家だけです。
まとめ:ツバメの渡りを知ると、春の空の見方が変わる
ツバメの渡りは、遠い国の出来事ではなく、あなたの家の軒先とフィリピンやベトナムの街路樹が1本の線でつながっている話です。全長約172mm、体重18.6gの体で2000km以上を移動し、日本では約40日で1組の家族を巣立たせる。その全部が、3月から11月までの限られた期間に詰め込まれています。最初の一歩としておすすめしたいのは、今年の初認日を1行だけメモに残すことです。日付が2年分たまると、渡りは「知識」から「自分の記録」に変わります。
※渡来時期の予測日や地域ごとの状況は年によって変動します。巣の扱いに関する具体的な判断は、お住まいの自治体の鳥獣保護担当窓口にご確認ください。

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